稲野村(読み)いなのむら

日本歴史地名大系 「稲野村」の解説

稲野村
いなのむら

[現在地名]富山市月岡町つきおかまち

太田おおた川沿いに位置し、南は月岡村。江戸初期は加賀藩領、万治三年(一六六〇)の領地替で富山藩領となる。明暦二年(一六五六)の村御印留では稲野新村とみえ、草高四四石、免三ツ。元禄一一年(一六九八)郷村高辻帳によると、稲野村は親村の南八川みなみはちかわ村の南四町にある枝村新田で高一四四石。寛政二年(一七九〇)の高物成品々手鏡では古高四四石・定免三ツ四歩六厘。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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