竹宮西外村(読み)たけみやにしほかむら

日本歴史地名大系 「竹宮西外村」の解説

竹宮西外村
たけみやにしほかむら

[現在地名]熊本市健軍(けんぐん)町・健軍本(けんぐんほん)町・健軍一―五丁目・帯山(おびやま)三丁目・尾(お)ノ上(うえ)一―二丁目・錦(にしき)ヶ丘(おか)・若葉(わかば)五丁目・広木(ひろき)町・水源(すいげん)一丁目・新生(しんせい)一丁目・湖東(ことう)一―二丁目・神水本(くわみずほん)町・神水一―二丁目・上水前寺(かみすいぜんじ)二丁目・上京塚(かみきようづか)町・京塚本(きようづかほん)町・東(ひがし)町

東は上益城(かみましき)郡沼山津手永の広崎(ひろざき)村(現上益城郡益城町)と同手永の沼山津(ぬやまづ)村、西・南・北は竹宮下(たけみやしも)村である。田迎手永に属し、「国誌」に「野開畑四十三町六反一畝、保田窪地筒ノ者給地ナリ」とある。明和元年(一七六四)の下ケ名寄帳では惣畝数一四二町二畝余で、うち御蔵納・御給知は田畑四六町一反九畝余、高四一四石八斗余で、ほかは新地永荒御赦免開(帯刀殿畑二〇町一反余・丹羽五郎太夫殿畑六反四畝余・平野太郎四郎殿畑五町)などである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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