経生地新村(読み)きよういくじしんむら

日本歴史地名大系 「経生地新村」の解説

経生地新村
きよういくじしんむら

[現在地名]黒部市生地経新(いくじきようしん)

北は飯沢(いいざわ)村、西は生地村。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では生地新村とあり草高四三石、ほかに明暦二年(一六五六)・万治元年(一六五八)の新田高二三石、免二ツ五歩、うち五歩は明暦二年から納める(三箇国高物成帳)。貞享二年(一六八五)から天保九年(一八三八)まで九度の手上高があり、同一一年の草高二七九石(「高免帳」杉木家文書)。享保一八年(一七三三)の家数は百姓八・頭振一(「新川郡村廻帳」川合家文書)。明暦二年から天保九年の間に新開によって大きく村高が増え、とくに天保九年には九五石の増高があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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