…1829年(文政12)に加賀金沢の商人が,〈尾州桟留縞は諸国流行の品〉と述べるほどに好評を得て特産物化した。さらに文政の末年には絹綿交織(けんめんこうしよく)の結城縞が生産され,30年(天保1)以降から明治初年まで中心的な産物であった。44年(弘化1)には中島郡・海部郡42ヵ村368戸で1429桁の織機があり,問屋職・問屋仲買職・織屋職・賃稼などに至る広範な分業に支えられ,織屋のなかにはマニュファクチュアとみられる生産形態をもつものもあった。…
※「結城縞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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