羽里村(読み)はあーとむら

日本歴史地名大系 「羽里村」の解説

羽里村
はあーとむら

[現在地名]喜界町羽里はざと

わん村の南東に位置する。湾間切のうちで、ハァートゥ、ハーツともいう。元禄五年(一六九二)の喜界島帳留(列朝制度)に村名がみえないのは記載時の脱落とされる。安政(一八五四―六〇)当地に生れたとされるウツ嬢は、奄美歌謡の「デッソウてらむんや 誰が始みたか 羽里美ら ウツ嬢がデッソウ始み」といったデッソウなどを作ったと伝え、踊も優れていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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