臼杵俣村(読み)うすきまたむら

日本歴史地名大系 「臼杵俣村」の解説

臼杵俣村
うすきまたむら

[現在地名]椎葉村大河内おおかわうち 臼杵俣

綾野あやの村の南、小崎こざき川支流の臼杵俣川両岸に位置する。大河内掛一六ヵ村の一つで、嶽枝尾組に属する。村内には小村として原向村がある(延享三年「村覚」那須家文書)。日向国覚書に椎葉山之村形の一村として臼木俣とみえる。延享三年(一七四六)に検地竿入がなされ、畑四反余(高三斗余)が打出された(天明元年「椎葉山高反別取米一村限帳控」内藤家文書)。宝暦五年(一七五五)大河内村組焼畑見取御年貢米代銀上納帳(相良家文書)によれば「石にた山」に焼畑六三枚・一町四反余があり、その年貢米三斗余・代銀一九匁余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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