舛形村(読み)ますがたむら

日本歴史地名大系 「舛形村」の解説

舛形村
ますがたむら

[現在地名]深浦町驫木(とどろき)

天保一五年(一八四四)の舛形村田方并轟木村水下田方反別帳(深浦町竹越家蔵)によれば「舛形村用水堰文化三寅ノ年ヨリ自分物入ヲ以三カ年ニ穿通シ開発致、同酉ノ年新村建奉願、舛形村与村号被仰付家数九軒取建」とあり、驫木村の農民が文化一〇年(一八一三)に開村した。舛形村の位置は、右の史料に俗称小浜平(こはまたい)とみえ、驫木村の東側丘陵と推定されるが確認できない。升形村とも記される。享和初年より文政六年(一八二三)までに開村した津軽領内二七ヵ村中の一つで、赤石組に属した(津軽歴代記類)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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