知恵蔵 「蟹江敬三」の解説
蟹江敬三
長女は文学座所属の栗田桃子、長男は劇団青年座所属の蟹江一平。
高校卒業後の64年、劇団青俳演劇研究所に入所。翌年、「あの日たち」で初舞台を踏んだ。演出家の蜷川幸雄と共に68年に「現代人劇場」、72年に「櫻社」を結成。舞台で活躍すると共に、映画やテレビドラマにも多数出演。幅広い役柄をこなす名傍役として名を馳(は)せた。初期には、強姦(ごうかん)魔や凶悪犯など悪役で名前を売り、日活ロマンポルノでは「強姦の美学」と讃えられた。しかし、凶悪犯の演技があまりに真に迫っていたことから、長男・一平が学校でいじめにあい、一平自身も父を敬遠するようになっていた。蟹江の口癖は「役に良い役も悪い役もない。面白い役かつまらない役かだけだ」であったが、こうした家庭内の問題もあり、徐々に「普通の人を演(や)りたい」と漏らすようになり、80~81年に放送された日本テレビ系列ドラマ「熱中時代 第2シリーズ」で、人のいい巡査役を演じてそれまでの役柄から転身。81年に放送されたフジテレビ系列時代劇「鬼平犯科帳」の人情味あふれる密偵役、そして2013年放送のNHK朝ドラ「あまちゃん」で孫がかわいくてしかたがない頑固な漁師を好演した。
ナレーションでも存在感を発揮し、2002~14年テレビ東京系の経済ドキュメンタリー番組「日経スペシャル ガイアの夜明け」や、第17回FNSドキュメンタリー大賞にノミネートされた08年のサガテレビ「山間地・上合瀬に生きる ~蕎麦(そば)の芽一家の絆~」などでナレーターを務めた。
蜷川幸雄が蟹江から直接聞いた談話として、映画やテレビに出続ける理由は「(子どものころ)いなくなったお父さんが自分の姿を見て、名乗り出てくれるかもしれないから」と伝えている。
14年1月から、体調不良を理由に「ガイアの夜明け」のナレーションを休養し、胃がん治療のため入退院を繰り返していた。2月に入り「仕事をやりたい」と現場に復帰し、3月17日、「ガイアの夜明け」の収録に病院から駆け付けたのが最後の仕事となった。同年3月30日に死去。享年69。4月2日に近親者による密葬が行われた。
(葛西奈津子 フリーランスライター / 2014年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報