西村郡司(読み)にしむら・ぐんじ

朝日日本歴史人物事典 「西村郡司」の解説

西村郡司

没年:明治28.1.31(1895)
生年:文化11.9.23(1814.11.4)
明治期,下総国印旛八街村(千葉県)の開墾に従事した事業家。武蔵国北足立郡(埼玉県)に生まれ,江戸の西村三郎兵衛の養子となる。名は七右衛門,のちに郡司と改めた。横浜の貿易商として維新政府に軍費1万両を献金し,明治2(1869)年失業窮民の救済事業として小金・佐倉両牧(印旛・葛飾郡)などの開墾会社が設立されると,三井八郎右衛門らと共に頭取のひとりとなる。5年会社解散後も八街に残り,主に八街・三咲・十余一地区の開墾に当たった。地元民との開墾地所有権争議をのり切って地主となり,多くの社員が次々と引き揚げるなかで,学校を設立するなど,町創設に加わった。<参考文献>『柏市史』資料編10

(中村勝)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

関連語 西村七右衛門

367日誕生日大事典 「西村郡司」の解説

西村郡司 (にしむらぐんじ)

生年月日:1814年9月23日
江戸時代末期;明治時代商人;開拓事業家
1895年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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