関戸遺跡(読み)せきどいせき

日本歴史地名大系 「関戸遺跡」の解説

関戸遺跡
せきどいせき

[現在地名]成田市関戸

根木名ねこな川の支流取香とつこう川の北岸台地上に位置。昭和五五年(一九八〇)から同五六年にかけて調査され、弥生時代中期後半から平安時代に至る七六軒の住居跡が発掘された。茨城県下の弥生時代中期後半を代表する足洗式土器と南関東地方の同期宮ノ台式土器が共伴しており、成田市域は両土器文化圏の接点であったことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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