阿閇庄(読み)あえのしよう

日本歴史地名大系 「阿閇庄」の解説

阿閇庄
あえのしよう

庄域は現播磨はりま町一帯と加古川市の一部(平岡町)にわたる地域と推定される。播磨町本荘の阿閇ほんじようのあえもとを遺称地とする。摂津住吉神社領。年未詳の住吉神領年紀(続左丞抄)では「神功皇后御宇被奉寄所々」のうちに阿閇庄がみえる。正応二年(一二八九)五月日の僧快円・源有家連署父母遺領等配分状案(祇園社記)には、正一殿に譲られたなかに広峯ひろみね(現姫路市)正一職とともに阿閇などの播磨国檀那職がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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