所領を奪う意で中世に多用されたが、対象が土地だけではなく金品に及ぶようになって「横領」へと変化していったものか。→「おうりょう(横領)」の補注
漢語では〈まもる〉〈護衛する〉〈管理する〉の意味であったが,日本ではとくに兵卒を監督統率することに用いられた。《続日本紀》天平宝字3年(759)11月辛未条に,〈国別ニ二千已下ノ兵ヲ差発シ,国司精幹ノ者一人ヲ択ミ,押領セシメテ速ニ相救援セヨ〉とある。のちの押領使という官職は,この意味での押領からきている。
元来漢語の〈押〉には,〈おす〉のほか,〈とりしまる〉〈たすける〉などの意味があり,〈強いる〉という意味はほとんどなかったが,日本の古代語の〈おす〉には〈強いる〉意味があり,この言葉に〈押〉の漢字があてられたところから,日本語で用いる〈押〉には強制的なニュアンスがこめられるようになった。〈押領〉もこの道をたどり,おそくとも平安中期には〈押して領する〉すなわち他人の所領を強奪して支配することを指すようになった。〈東南院文書〉正暦2年(991)3月14日の大和国使牒に〈寺家所領春日庄田,称菟足社田興福寺俄以押領〉とあるのはその一例である。《今昔物語集》巻二十五にも,興世王が平将門に反逆をすすめて,〈一国ヲ打取ルト云トモ,其ノ過ガ不過。然レバ同ク坂東ヲ押領シテ……〉と述べる一節がある。ここは《将門記》では〈坂東を虜掠し〉となっており,〈打取〉〈虜掠〉とほぼ同義に〈押領〉が用いられていることがわかる。またこれにこたえて将門は〈我ガ思フ所只此也。東八ヶ国ヨリ始メテ,王城ヲ領セム〉(《今昔物語集》)と述べており,〈領〉が〈支配〉の意味であることは明白だが,この〈領〉も漢語では〈統べ治める〉意味で〈押領〉という熟語を形成していた。〈領掌〉という言葉も本来官職の執行を意味していた。これが日本ではやがて前掲《今昔物語集》のように,正当な権原の有無にかかわらず実力支配の下におくことを指すようになったのである。このように本来いずれも正当な行為を示す〈押〉と〈領〉が結合してできた〈押領〉は日本では,〈押〉が不当・不法な行為を指し,〈領〉はニュートラルになるという両面での意味変化の結果,不法侵奪を意味することになった。これと同義の言葉として〈押知行〉(〈知行〉は〈領掌〉と同義)がある。
鎌倉時代になると,押領使という官職が一般には消滅したこともあって,押領はもっぱら如上の意味で用いられた。その例は枚挙にいとまがないが,〈無実を構え,掠め領すること……罪科脱れ難し。仍て押領物に於ては早く糺返せしむべし〉(御成敗式目43条)はその典型的な例である。当時所領の侵害をめぐる訴訟では,原告は〈相手方によって押領された〉と訴え,被告は〈押領ではなく,正当な根拠--知行・領掌すべき由緒--があって支配している〉と防御したのである。室町時代に入ると押領を横領と書く例も生まれ,例えば《曾我物語》に〈先祖重代の所領を横領仕る〉とある。江戸初期の《三河物語》では一節のなかに両方を混用している個所もある。その結果,押領使までが横領使と書かれる例さえ出現した(《柳多留》)。なお押→横の転用は,押柄→横柄にも見られる。
執筆者:石井 紫郎
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中世,所領を不当に知行する行為をいう。古代には軍兵を監督・統率する意に用いられたが,平安中期には強いて奪いとる横領の意味が一般化した。中世の知行権は得分などのかたちで重層して存在したため,年貢・公事(くじ)などの徴収にかかわっても押領行為が発生した。押領の語は,当事者が現状を不当として訴えるために使われたので,その事実認定には困難がつきまとった。鎌倉時代には,地頭による荘園や公領内での押領の深刻化を反映して,鎌倉幕府法や本所法には,押領に関する多数の法令がみられる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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