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静野与右衛門 しずの よえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

静野与右衛門 しずの-よえもん

?-? 江戸時代前期の測量家。
上田勘兵衛に和算・測量術をまなび,郷里佐渡(新潟県)の鉱山振矩師(ふりかねし)(測量技師)をつとめる。佐渡奉行荻原重秀のもとで,元禄(げんろく)4年(1691)から5年をかけ相川の割間歩(われまぶ)の地下水を海にながす南沢疏水坑道を完成させた。のち水力利用の鉱石粉砕法を考案した。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

静野与右衛門

生年:生没年不詳
江戸前期の算学者。佐渡金山の測量技術者。佐渡相川の人。町人で,上田勘兵衛という者から追手流の算術を学んだ(『佐渡相川誌』)とあるが,生い立ちや技術の系譜は不明。元禄4(1691)年から,佐渡奉行荻原重秀のもとで,大量の地下水を日本海に流すため,4年10カ月かけて総延長1.1km余の地下排水路(南沢水貫間切)を掘削。工期を早めるため開始点と終点の中間に2本の竪穴を掘り下げて工区を3分し,それぞれ前後合計6カ所から掘進する画期的な工法がとられたが,与右衛門がその測量を行った。この工事の完成で金山は「元禄の大盛り」といわれる最盛期を迎え,坑道完成以前の約5倍,年間の運上銀はおよそ1200貫となる。この排水坑道は平成1(1989)年の閉山まで排水路としての機能を果たした。<参考文献>麓三郎『佐渡金銀山史話』,磯部欣三『佐渡金山』

(磯部欣三)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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