翻訳|groundwater
地中にある水のうちで、地下水面より下にあって地層中の間隙(かんげき)を満たして存在している水を地下水という。水利用や土木工事との関係で、井戸、トンネル、排水路などで集めることのできる水、または泉や湿地へ自然状態で流出している水に限って地下水とよぶこともある。井戸を掘ったときに、井戸の中に最初に現れる水面を空間的につなげた面を地下水面という。これより下は地層が水で飽和されているので飽和帯、上は水で飽和されず空気も存在するので通気帯とよばれる。実際には地下水面よりすぐ上の層は毛管力で水が保持されており、ほぼ飽和に近い状態にある。地下水面の深さは、場所によって地表すれすれから1000メートルまたはそれ以深まで変化する。湿潤地域にある日本では、地下水面の深さは5メートル前後が普通で、20メートルを超える場合は少ないが、火山山麓(さんろく)台地では100メートル以深の所もある。
[榧根 勇]
井戸や泉へ十分な量の地下水を伝達できる、透水性のよい地層を帯水層という。もっとも一般的な帯水層は未固結の砂層や礫(れき)層で、平野部や沖積谷に分布する。固結した砂岩、溶穴の発達した石灰岩、割れ目のよく発達した火山岩なども良質の帯水層である。粘土層、シルト層、緻密(ちみつ)な堆積(たいせき)岩などは透水性が低く、透水性の程度に応じて、不透水層、難透水層、半透水層などに分けられる。これらの地層が帯水層の上部に接しているとき、それらを加圧層とよぶ。
地下水は、地下水面を有する不圧地下水(自由地下水)と、加圧層の下にあって大気圧以上に加圧されている被圧地下水(深層地下水)に分けられる。
はいろいろなタイプの帯水層を模式的に示したものである。帯水層Aは不圧帯水層で、その上限は地下水面であり、地下水面の水圧は大気圧に等しい。この図の上部に示してある説明は、不圧帯水層Aと被圧帯水層Cに挟まれた被圧帯水層Bに関するものである。被圧帯水層中にうがたれた井戸の水位は、一般に上部加圧層の基底より上まで上昇し、その水位はその帯水層内部の圧力分布によって決まる。これらの井戸の水位をつなげた仮想的な面を被圧水頭面とよぶ。地下水面とは異なり、被圧水頭面は被圧帯水層の上限を示す面ではなく、上部加圧層との境界面がその上限である。したがって被圧水頭面の変動は、被圧帯水層内部の圧力変化の指標とはなるが、被圧地下水の貯留量の増減とは直接的な関係はない。被圧水頭面は上部加圧層中から地表面より上までいろいろな位置をとりうる。被圧水頭面が地表面よりも上にある場所に井戸をうがつと、被圧井の水位は地表面よりも高くなり、もしもその井戸の井戸枠の上端が被圧水頭面よりも低ければ、地下水は井戸から自然にあふれ出して自噴井となる。自噴井の見られる地域を自噴帯、その大規模なものを鑽井盆地(さんせいぼんち)という。鑽井盆地は単斜構造や盆状構造の地域で典型的にみられ、オーストラリアの大鑽井盆地(グレート・アーテジアン・ベイスンThe Great Artesian Basin)はその好例である。自噴帯は扇状地の扇端部、火山山麓、砂丘や台地の縁辺部、谷底平野などに分布する。
模式図の帯水層Bの地下水は、左端の涵養(かんよう)域で涵養される。この部分の帯水層は地下水面を有するので不圧帯水層である。地下水は被圧水頭面の勾配(こうばい)に沿って流れ、帯水層AやCへ地下水を漏出させながら、最終的には海へ流出する。自然界では、完全な不透水層が加圧層となっている場合はまれであるから、帯水層間の地下水の交流はごく普通の現象である。広い地域に分布する地下水面をもつ地下水を本水(ほんみず)とよぶことがある。本水と地表面との間に狭い範囲で不透水層または半透水層が存在すると、その上に宙水(ちゅうみず)が形成される。東京西郊の武蔵野(むさしの)台地は宙水がよく発達している地域で、新田開発の初期には宙水に立地した集落がみられた。
[榧根 勇]
地下水は水理水頭の高い所から低い所へ移動する。水理水頭は基準面(たとえば海面)から被圧水頭面または地下水面までの垂直距離と定義される。水理水頭はピエゾ水頭または全ポテンシャルとよばれることもある。模式図では、帯水層Bの水理水頭はどの場所においても帯水層AやCよりも高いので、加圧層が半透水性の所ではBからAやCへ地下水が漏出する。帯水層Bの開発が進んで、揚水によりその水理水頭がAやCの水理水頭よりも低くなれば、逆にAやCからBへ向かう地下水の漏出もおこりうる。
海に面する不圧帯水層中の塩淡水境界面の位置は、地下水面の海抜標高をh、海面から塩淡水境界面までの深さをHとすると、静的平衡状態ではH=42hとなり、この式を発見者の名にちなんでガイベン‐ヘルツベルクの関係という。実際の塩淡水境界面の位置は、模式図のように地下水が海岸付近で流出するため、静的平衡の場合よりも深くなる。海岸の近くで井戸から揚水する場合に、井戸の水位を海面下まで下げると、井戸の中へ塩水が上昇してくる。このような現象を塩水侵入といい、海岸地下水の開発が無計画に進められた地域で頻発している。地下水は海へ流出してしまうと水資源としての価値を失うので、塩水侵入をおこすことなく海岸地下水を利用するために、さまざまな工法が考えられている。その一つに人工バリアがある。これは、海岸線に沿って列状に注入井を設け、地下水を人工注入して地下水面の高まりをつくり、それによって海底へしみ出す地下水の流出を防ぐとともに、注入井の内陸側に揚水井を設けて、注入した地下水と内陸側から海岸へ向かって流出してくる地下水をともに揚水する方法であり、アメリカ合衆国のカリフォルニアやイスラエルの海岸で実施されている。
[榧根 勇]
無降雨時の河川水は地下水によって涵養されている。世界の平均では、河川流量の約3分の1は地下水によると考えられている。河川は地下水との交流関係(失水河川に分類できる。得水河川は湿潤地域で一般的にみられ、地下水を排水しているので、地下水面上には川筋に沿う谷部が形成される。失水河川は扇状地や乾燥地域に多くみられ、地下水は河川からの涵養を受けるため、川筋に沿って地下水面上に尾根部が形成される。得水河川でも、川の近くで揚水を行い地下水位を河川水位以下まで低下させると、河川水が伏没して地下水に転化する。このような地下水の利用法を誘発涵養という。
)によって、流下するにつれて地下水を集めて水量を増す得水河川と、地下水への涵養で流下するにつれて水量を減じる消雪用水に地下水を大量に利用している新潟県長岡市では、冬期に信濃(しなの)川から大量の誘発涵養が生じている。湖水も地下水と交流関係をもっている。湿潤地域では蒸発量よりも降水量が多いので、鹿児島県の池田湖のような流出河川をもたない閉じた湖の湖底からは、湖水が地下水となって周辺地域へ流出していなければならない。池田湖の周辺には、異常に低温な湧水(ゆうすい)地がいくつかあり、低温な湖水の漏出を裏づけている。一方、断層湖である滋賀県の琵琶湖(びわこ)の湖底には、湖岸の地下水が河川を経由せずに直接湖底へ大量に漏出している。また、茨城県の霞ヶ浦(かすみがうら)のような浅い湖では、地下水の大部分は湖岸低地へ流出し、湖底へ漏出する量は少ない。
[榧根 勇]
1856年にフランスの工学者ダルシーHenry Darcy(1803―1858)は、砂を詰めた円柱の中の水の流れについて実験を行い、地下水流動の基礎となる重要な法則を発見した。これはダルシーの法則とよばれ次式で表現される。
q=Q/A=KI
ここで、qは比流束またはダルシー流速、Aは円柱の断面積、Qは単位時間に円柱を通過する流量、Kは透水係数、Iは動水勾配である。動水勾配は流線に沿う水理水頭の変化率と定義される。 では、帯水層中では水平方向の流れが卓越するように描かれているので、動水勾配は地下水面または被圧水頭面の勾配で近似できる。地下水の実流速は比流束を地層の有効間隙率で割ることで得られる。さまざまな地層の透水係数は のようであるから、地下水の流速は一般に1年に1~1000メートル程度で、河川水の流速に比べるとはるかに小さい。
[榧根 勇]
地下水に含まれる炭素14、トリチウム(三重水素)、ラドンなどの放射性同位体を利用すると地下水の年齢を決定できる。アフリカのサハラ砂漠やアメリカ合衆国テキサス州カリゾ砂岩の地下水の年齢は2万~3万年で、氷期に涵養された水であり、その流速は年当り1~2メートルときわめて遅い。アメリカ合衆国では、800メートル以浅の地下水の平均年齢(地下水の滞留時間ともいう)は約200年、800メートル以深のそれは約1万年と推定されている。日本では、山地小流域の浅層地下水の平均年齢は数年、洪積台地の浅層地下水は十数年、関東構造盆地の揚水中の被圧地下水は数十年ないし数百年と推定されており、1万年以上の地下水の存在も確認されている。
地下水の平均年齢がこのように古いのは、涵養量に比べて地下水の貯留量が著しく多いからである。しかし地下水は一様に混合して循環しているのではなく、その循環速度は表層ほど速く、深層ほど遅い。地表から涵養された地下水の大部分は、浅層部を流動して近くの河川、湖沼や湿地へ流出する。
[榧根 勇]
地下水の水質は、地下水が地中を流動していく過程で、地層との接触によって形成される。地下水の流速は非常に小さいので、地層との接触時間が長く、化学成分が地下水中に溶出する。また地下水は大気と遮断されているので、溶存酸素は有機物の分解によって消費され減少していき、地下水は還元状態に置かれる。その結果、第一鉄イオンの増加、アンモニアの増加、硫酸イオンの減少などがみられる。また、有機物分解の結果生じた二酸化炭素は地下水中に溶けていき、地層成分から陽イオンを溶出する。一般に深層の地下水ほど溶存物質の量が多く、酸素が消費されて還元状態に近づき、アルカリ度は大きくなる。しかし、地下水の水質は基本的には地層の性質に支配される。
日本の地下水の水質は、循環速度が速いため一般に良質である。1985年(昭和60)に環境庁(現、環境省)が選定した「昭和の名水百選」のうち約8割は地下水または湧水であった。このことから、環境中に占める地下水の重要性がうかがわれる。これに対して大陸深層部の地下水は多量の溶存物質、とくに塩分を含むものが多く、地層堆積時に取り込まれた化石海水もある。滞留時間が数十年を超えるような地下水中に、人間活動に由来する汚染物質が発見されることが増えてきたが、その原因としては、井戸への汚染物質の投棄、井戸を通しての浅層地下水の深層地下水への転化、過度な揚水に伴う汚染水の深層への引き込みなどが考えられる。地下水の汚染源としては、点源として工場排水、家庭排水、鉱山排水など、面源として肥料、殺虫剤、除草剤、畜産糞尿(ふんにょう)などが考えられる。
[榧根 勇]
天然地下水の水質は、地中を流動していく際に接触する地層からの溶出成分の種類と量で規定されるが、地下水汚染とは、人間活動によって汚濁物質が地下水に入り込み、本来の水質が改変されることをさす場合と、もともとの地下水成分に人間に有害な物質が多く含まれ、その利用が妨げられたり、人間や家畜に健康被害を与えることをさす場合とがある。前者の場合は、まず、土壌、地質が汚染され、その間隙を通過する地下水が汚染されることも少なくないので、地下水汚染とよばず、地質地下水汚染とよぶ専門家も増えている。
人間活動による汚染源としては、生活排水や工業、鉱業、農業など生産活動に伴うものがあり、おもな汚染物質としては以下の三つがある。
(1)有機溶剤 有機溶剤は、金属加工や集積回路生産で、あるいは衣類のドライクリーニングで、油落としの洗浄剤として多用されるもので、代表的なものにトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどがあり、いずれも発癌(がん)性を有している。
(2)硝酸イオン 硝酸イオンは、乳児が多く摂取すると、ヘモグロビン中の鉄の形態が変わり、酸素の授受ができなくなるメトヘモグロビン血症を引き起こす。硝酸イオンの主たる起源は生活排水と窒素肥料で、どちらも分解、酸化されて、あるいは終始化学形を変えることなく、最終的に硝酸イオンとして地下水中に蓄積される。
(3)病原菌 病原菌による汚染は、生活排水、浄化槽排水の混入や野積堆肥の地下浸透などによって起こる。
現在、日本のほとんどの地下水が有機溶剤で汚染されているといえ、汚染がはなはだしい所も多い。硝酸イオン濃度も年々上昇していることが各地で観測されており、とくに肥料を多用する畑作地帯で深刻な状況にある所が少なくない。地下水汚染が拡大したのは、飲用地下水に汚染が発見されると、飲用を禁じて水道水への切り替えを指導することがこれまでの行政の一貫した方針で、汚染源を探したり汚染を除いたりすることが、なされてこなかったからである。しかし、1997年(平成9)3月に地下水の水質汚濁にかかわる環境基準が制定され、26指標に関して基準値が定められた。汚染を除去する技術は、民間企業によって主として欧米からの技術導入が進み、さまざまな手法が用意されつつある。
地下水にもともと有害物質が含まれる場合では、たとえばカルシウムなどの無機成分が多く含まれた水を長期間飲用すると、胆石や内臓疾患を引き起こす。またヒ素含量が多い地下水も世界各地で知られている。しかしほかに水源が得られないため、そのような地下水を使用している国や地域は少なくない。
1990年代に入ると、開発途上国で水源確保のため多くの井戸が掘られ、その際、地層中のヒ素が地下水に溶け出し、飲用した住民に深刻なヒ素中毒が生じていることがバングラデシュや中国内陸部で問題になり、日本の政府やNGO(非政府組織)が支援を始めている。日本では地下水は清浄であると思っている人が多いが、国の内外を問わずそうとはいえないことが多いので、個々の地下水について十分な検証が必要である。
[高橋敬雄]
地下水の水温は地温(地中温度)によって決定される。地温は、地表で気温の影響を受けて日変化、年変化する。このような地温の周期的変動の振幅は、深さが増すとともに減少し、位相の遅れは大きくなる。地温の年変化がみられなくなる深さを恒温層といい、その深さは北海道で10メートル前後、本州、四国、九州で10~15メートルである。恒温層の地下水温は、その場所の年平均気温よりも1~3℃高く、同じ緯度で比較すると、積雪地域の地下水温は非積雪地域のそれよりも1℃ほど低い。恒温層以深の地下水温は日本では100メートルにつき3~4℃ずつ上昇する。
[榧根 勇]
自然状態では地下水貯留量に著しい変化は生じない。それは涵養と流出がつり合っているからである(
)。涵養は降水、河川、水路、湖沼など地表水からの浸透による。流出は湧泉、河川、湖沼、湿地、海洋への流出、人工的には井戸による揚水や水路による排水による。涵養量が流出量よりも多ければ地下水面は上昇し、逆であれば低下する。地下水面の昇降は地下水貯留量の増減を示している。このように、地下水の貯留量、涵養量、流出量の関係を調べることを地下水の水収支解析という。コンピュータ技術の発達によって、複雑な地質条件の地域についても地下水の水収支解析が可能になった。地下水の水収支は地表水や土壌水の水収支と不可分の関係にあるので、地下水の水収支解析はこれらの条件を考慮し、相互に矛盾の生じないように行わなければならない。地下水は、水質、水温の安定性、採水の容易さ、コストの安さなどの点で、水資源としては地表水よりも優れた特性をもっている。また地球上にある陸水のなかでは氷に次いで多い。乾燥地域では水資源の大部分が地下水である。しかし地下水は循環速度が小さいから、資源として長期にわたる利用を考える場合には水収支を考慮する必要がある。自然涵養を上回る揚水を行い、しかも永続的に地下水を利用するためには人工涵養が必要である。人工涵養は人工の池、水路、埋管、井戸などで行われる。地下水は貯留量が多く、かなりの年月にわたって水収支的赤字に耐えられるので、石油などと同様に、乾燥地域では地下水を使いきる政策がとられることもある。地下水利用に伴う障害には塩水侵入のほか、水位低下による井戸枯れや井戸干渉と、地盤沈下がある。地盤沈下は、被圧帯水層からの過剰な揚水に起因する上下の加圧層からの水の絞り出しによる圧密が主原因であるが、沈下量は小さいが帯水層自体の弾性圧密や、地中の水圧変化による地層のブロック運動が原因になって生じる場合もある。
[榧根 勇]
民法は、地表の流水については、相隣関係として不十分ながら規定を設けているが、地下水についてはまったく規定を設けていない。判例は、地下水につき、原則的に土地所有権が及ぶものと解しているが、地下流水は一定の土地にとどまっているわけではないし、地下滞留水も他の土地にまたがっている場合が少なくないので、このような解釈には疑問が残る。むしろ、河川等の地表水に準じて、土地所有権から独立した地下水利用権と考えるべきであろう。温泉については、すでに温泉権として慣習法上の物権と認められている。工業用水のくみ揚げのように、地下水が多量に利用される場合には、地盤沈下などを生ずるおそれがある。そこで、「工業用水法」や「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」により、地下水採取の規制がなされている。
[竹内俊雄]
『土質工学会編・刊『地下水入門』(1983)』▽『山本荘毅著『新版地下水調査法』(1983・古今書院)』▽『肥田登著『扇状地の地下水管理』(1990・古今書院)』▽『藤縄克之著『汚染される地下水』(1990・共立出版)』▽『地下水問題研究会編『地下水汚染 その基礎と応用』(1991・共立出版)』▽『山本荘毅著『水文学講座6 地下水水文学』(1992・共立出版)』▽『榧根勇著『地下水の世界』(1992・日本放送出版会)』▽『地下水を守る会著『やさしい地下水の話』(1993・北斗出版)』▽『東京都環境科学研究所編・刊『地下水』(1995)』▽『竹内篤雄著『温度測定による流動地下水調査法』(1996・古今書院)』▽『福岡正巳・落合敏郎・榧根勇著『地下水ハンドブック』改訂(1998・建設産業調査会)』▽『日本地下水学会著『名水を科学する』(1999・技報堂出版)』▽『日本地下水学会著『地下水水質の基礎 名水から地下水汚染まで』(2000・理工図書)』▽『日本地下水学会著『雨水浸透・地下水涵養――21世紀の地下水管理』(2001・理工図書)』▽『竹内篤雄・中山健二・渡辺知恵子著『温度を測って地下水を診断する あるがままの地下水の姿を探る』(2001・古今書院)』
地中にあって大気圧以上の圧力をもち,井戸やトンネルの中へ,あるいは泉となって地表へ自然にしみ出すことのできる水を地下水という。陸水のうち河川や湖沼などの地表水に対し,地下に分布する水をさすが,普通は地下深所のマグマに由来する処女水と,土粒子の表面をおおっている吸着水や,粒子の間に不飽和の状態で存在する毛管水,さらに重力に従って深部に下って行く重力水などの土壌水は区別する。土壌水は大気圧以上の圧力をもっていない。井戸を掘ったとき,井戸の中に最初に現れる水面を空間的につなげた面を地下水面という。地下水面は地下水の上面を示し,この面における水圧は大気圧に等しい。地下水面のすぐ上には毛管上昇による毛管水帯があり,この部分は水で飽和しているか,ほとんど飽和に近い状態にあるが,その水圧は大気圧よりも低い。井戸へ十分な量の地下水を伝達できるだけの透水性をもつ地層を帯水層という。最も一般的な帯水層は未固結の砂層や礫層で,沖積低地や扇状地に分布する。固結した砂岩,溶穴の発達した石灰岩,割れ目のよく発達した火山岩なども良質の帯水層である。地下水は地下の空洞にたまっている場合もあるが,大部分はこの帯水層に飽和の状態で存在している。粘土層,シルト層,ち密な堆積岩などは透水性が低く,帯水層にはなれない。地下水は地下水面を有する不圧地下水と,加圧層の下にあって大気圧以上に加圧されている被圧地下水に分けられる。加圧層は帯水層に比べて著しく透水性の劣る地層を指し,透水性の程度によってさらに半透水層,難透水層,不透水層に分類する場合もある。また難透水層上のくぼみに局部的に地下水面より上に地下水が滞留する場合がある。これを宙水(ちゆうみず)と呼び,割合に浅い所で水が得られるため利用されるが,水量が限られていて天候の影響を受けやすい。
地下水は地下水面の高まった部分で涵養され,河川・湖・海岸付近の地下水面の低まった部分から流出する。現実の地層は帯水層と加圧層が重なり合っており,地下水の流動方向は帯水層中で水平,加圧層中で垂直になる。不圧帯水層に深さの異なる井戸を掘ると,その場所が涵養域であれば井戸の水位は深い井戸ほど低くなり,流出域であれば逆になる。被圧帯水層に井戸を掘ると,井戸の水位は加圧層よりもかなり上まで上昇する。この水位が地表面より高い場合には地下水は自然に流出できるので,この種の井戸を自噴井という。被圧地下水の水位は不圧地下水のそれより高いのが普通であるが,地質条件によってそうでない場合もある。自噴井は初めフランスのアルトアArtois地方で掘られたので,アーテジアンartesianと呼ばれ,掘抜井戸ともいわれていた。自噴性の被圧地下水をもつ盆地を鑽井(さんせい)盆地と呼び,オーストラリアの大鑽井盆地や千葉県の上総地方はその典型例である。自噴井は三角州や扇状地の末端部でもみられる。地下水面は降雨や灌漑による涵養によって上昇し,流出や揚水によって低下する。地下水面の昇降は不圧地下水の貯留量の増減を示している。これに対して被圧帯水層の井戸の水位の昇降は水圧の増減を示しており,貯留量の変化とは直接関係がない。
河川は地下水との交流関係によって,流下するにつれて地下水を集めて水量を増す得水河川と,地下水への涵養で流下するにつれて水量を減じる失水河川に分類できる。得水河川は湿潤地域の沖積河川や沖積低地で一般的にみられ,川筋に沿って地下水面に谷部が形成される。失水河川は扇状地や乾燥地域に多くみられ,川筋に沿って地下水面に尾根部が形成される。得水河川でも,川の近くで揚水して地下水位を低下させると,河川水が伏没して地下水に転化する。このような地下水の利用法を誘発涵養という。消雪用水に地下水を大量に利用している新潟県長岡市では,冬季に信濃川から大量の誘発涵養が生じている。
大陸の地下水は地表水に比してナトリウム,カリウム,石灰,マグネシウム,硫酸,鉄,重炭酸,ケイ酸などの無機溶存成分を一般に多く含有するが,酸素の溶存量は少ない。日本の地下水もほぼ同傾向であるが,浅層地下水は無機溶存成分が少ない。地下水に含まれる炭素14やトリチウム(三重水素)などの放射性同位体を利用して地下水の年齢決定ができる。アフリカのサハラ砂漠やテキサス州カリゾ砂岩の地下水の年齢は2万~3万年で,その流速は1~2m/年ときわめて遅い。関東地方の被圧地下水の年齢は数十年ないし数百年と推定されている。日本の沖積低地の地下水の流速は1m/日前後,武蔵野台地では3~5m/日である。富士山麓の三島溶岩中の地下水は300~500m/日で地下川ともいわれているが,それでも河川水の流速0.1~1m/sに比べるとはるかに小さい。一般に地下水は深層ほど循環速度が遅く,大部分の地下水は浅層部を流動して流出する。また大陸の深い地下水は塩分を含むものが多く,地層堆積時から含まれていた化石海水もある。地下水温は深さや周辺の地下水との交流関係で決まる。浅い所の地下水温は一年間を通じて変動している。地下水の水温の年変化が消失する深さを恒温層といい,その深さは北海道で10m前後,本州,四国,九州で10~15mである。恒温層の地下水温はその場所の年平均気温より1~3℃高い。恒温層以深の地下水温は100mにつき約3℃ずつ上昇する。不圧海岸帯水層中の塩淡水境界面の位置は,地下水面の標高をh,海面から塩淡水境界面までの深さをHとすると,静的平衡状態ではH=42hとなり,これをガイベン=ヘルツベルクGhyben-Herzbergの関係という。実際の塩淡水境界面は,図2のように地下水が海岸部で流出するため,静的平衡の場合よりも深くなる。海岸部で揚水する場合に地下水面を海面下に下げると塩水が井戸の中へ上昇してくる。また被圧海岸帯水層の井戸の水位を海面下に下げると,帯水層中へ塩水がくさび形に浸入する。塩水化した海岸地下水が淡水に戻るには長い時間が必要である。
地下水は農業用水,工業用水,また上水源として利用される。地表水と比べると土壌により水が浄化され衛生的にすぐれている。しかし最近は地下水の汚染が重大な問題になっている所もある。また地下水が溶解し含有している種々の鉱物成分も適度の場合は醸造にも農業にも好ましいが,とくにケイ酸に富む場合はボイラー用水には不適になる。水温,水質,水量が安定していることも工業用水として適性があるが,しばしば低温のため農業用水として適さないことがある。臨海低地部(沖積平野)の大都市や,工場地帯,水田地帯などでは生産活動に伴う過剰な地下水汲上げにより地層の脱水収縮が生じ,地盤沈下,海水浸入などが起こり大きな社会問題になっている。対策として1960年ごろから別の水源への転換,井戸掘削の禁止などによる揚水の制限が行われている。
執筆者:榧根 勇
地下を流れ(地下流水),地下に浸透し(地下浸透水),地下に存在し(地下滞留水),掘削しなければ見ることができない水をいう。温泉もその一つである。地下水は法律上,一般に土砂・岩石などとともに土地を構成する一部分であり,民法207条によって,土地所有権が及んでいると解釈されている。これは,地下水は土地を掘削することによって,はじめて利用できるところに由来していると思われるが,地下流水は,一定の土地にとどまっているわけではないし,地下浸透水も,水路を形成しないで,絶えず流動しており,地下滞留水も,他の土地にまたがっている場合が多いから,この解釈は妥当であるとはいえない。河川その他の地表水に準じ,土地所有権から独立し,地下水利用権として構成すべきであると思われる。温泉については,すでに温泉権として慣習法上の物権とされている。地下水の利用について慣習や協定がある場合もある。掘削した結果,隣地の井戸が枯渇してしまうような場合は,調整し損害賠償をしなければならないこともある。飲料水用の井戸では,このようなことはまれであるが,多量に利用する場合は問題となる。とくに工業用水の汲上げについては,地盤沈下などを生ずることがある。そのため1962年に工業用水法の一部を改正して,工業用地下水の汲上げの規制を強化するとともに,ビルの冷房用地下水の汲上げの規制をするために,同年〈建築物用地下水の採取の規制に関する法律〉が制定された。これによって,政令で指定する地域内(大阪市域,東京都の特別区域その他が指定されている)において,揚水設備ごとにストレーナーの位置と揚水機の断面積を定めて,都道府県知事の許可を受けなければならないことになっている。
執筆者:小林 三衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…清らかな水,飲んで安全な水を古くから浄水と呼んだ。現代ではさらに,原水(原料となる河川水や地下水)に必要な水処理操作を加えて清浄な水に加工する過程をも浄水water purificationという。水道用語としても〈水を浄化する〉と〈浄化された水〉の二つの意味に用いられている。…
…みずから農業を営まない職種が現れて都市に集住し,彼らへの給水を目的とする水利施設が灌漑・運河施設から分化するに至ったのは前1000年ころと考えられている。古代オリエントからギリシア時代にかけての都市遺跡に残る集落内の井戸,くみ井戸へ補水する地下水路,貯水ダム,灌漑水路から分水した導水路や市内地下の配水池などは水道の起源といえる。中近東や北アフリカの乾燥地域で,現在も用いられているカナート(地下水路で導水する横井戸)の歴史もこの時代までさかのぼりうると考えられている。…
※「地下水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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