…日本は日露戦争で親日馬賊としての満州義軍を利用したが,その後も,特務機関員を馬賊の頭目にしたてあげるなど,大陸侵略の正面舞台となった満蒙の地においていろいろな方法で彼らを利用した。〈ぼくも行くからきみも行け,狭い日本にゃ住みあいた……〉の歌詞で知られる《馬賊の唄》は,日本の青少年の大陸雄飛の夢を侵略的アジア主義の精神でこねあげたものにほかならないが,その活躍の場としては反官の仁俠集団ほど適切なものはなかった。のち,〈満州国〉ができると,日本は反官の集団を不用として徹底的に討伐した。…
※「馬賊の唄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...