AḥmadKātib(その他表記)AhmadKatib

世界大百科事典(旧版)内のAḥmadKātibの言及

【地誌】より

…この著作は他のアラブ諸国にも影響を与え,バラーキーBarāqī(1914没)が《クーファの歴史》を著したのに続いて,クルド・アリーKurd Alī(1953没)は1925年に《シリア誌》を公刊した。イランでも地誌を記述する古い伝統があり,イブン・バルヒーIbn Barkhī(12世紀初め没)の《ファールスの書》やアフマド・カーティブAḥmad Kātib(15世紀)の《新ヤズド史》などの地方史では,地誌が重要な位置を占め,今日に至っている。【佐藤 次高】
[日本]
 日本の地誌は713年(和銅6)元明天皇の詔により諸国に命じ郡郷名・地名の由来,産物,土地の肥瘠(ひせき),古老伝承などを録して進上させた〈風土記〉を最初とする。…

※「AḥmadKātib」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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