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《大門口鎧襲》 おおもんぐちよろいがさね

世界大百科事典内の《大門口鎧襲》の言及

【並木宗輔】より

…豊竹座の立作者は為永太郎兵衛に代わり,宗輔は翌42年,補導の形で太郎兵衛の脇作者として《道成寺現在蛇鱗(うろこ)》(現行の景事《日高川》の原型)など3作を書き,また越前少掾に同行して江戸肥前座におもむいたが,この年限りで豊竹座を辞し,歌舞伎作者に転じた。
[歌舞伎作者時代]
 1742年(寛保2)末から大坂岩井半四郎座,43年末から大坂中村十蔵座の立作者となり,安田蛙文,並木栄(永)輔らと合作し,《大井川三組盃》《大門口鎧襲(よろいがさね)》(ともに1743)などの秀作を世に問うた。後者は初世沢村宗十郎の油計り庄九郎が大好評を博し,セリ上げを効果に用いた初期の例としても知られている。…

※「《大門口鎧襲》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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