ターンティアトーピー(その他表記)Tāntia Topī

改訂新版 世界大百科事典 「ターンティアトーピー」の意味・わかりやすい解説

ターンティア・トーピー
Tāntia Topī
生没年:1819ころ-59

インド,マラーター王国末期の武将。1857年のインド大反乱に際して,最後ペーシュワー宰相)の養子ナーナー・サーヒブを立てて戦う。カーンプル占領にも貢献し,すぐれたゲリラ戦術でジャーンシー王国の女王らとともにイギリス東インド会社軍を苦しめた。ナーナー・サーヒブのペーシュワー就位を宣言するがコーターの戦で敗れ,各地を敗走。59年4月裏切りのため捕らえられ,絞首刑となる。
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