ナーナーサーヒブ(その他表記)Nānā Sāhib

改訂新版 世界大百科事典 「ナーナーサーヒブ」の意味・わかりやすい解説

ナーナー・サーヒブ
Nānā Sāhib
生没年:1824ころ-60ころ

インド,マラーター王国末期の将。王国最後のペーシュワー宰相)であったバージー・ラーオ2世養子。1853年の養父死後,ペーシュワーの称をインド総督ダルフージーに拒絶される。57年のインド大反乱セポイ反乱勃発に際しては,反乱軍と行動をともにする。必ずしも優れた武将ではないが,反乱軍の一つの象徴としての役割を担った。反乱が鎮圧されたのちネパールに逃れたとされるが,その最後の様相未詳である。
ターンティア・トーピー
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