ツェーリンガー家(読み)つぇーりんがーけ(その他表記)Zähringer

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ツェーリンガー家」の意味・わかりやすい解説

ツェーリンガー家
つぇーりんがーけ
Zähringer

ドイツ、シュワーベンの公爵家名。名称は、1081年ブライスガウフライブルクに建設された城名ツェーリンゲンZähringenに由来する。ベルトルト1世は、1061年から72年にかけてケルンテン公とベローナ辺境伯となり、ベルトルト3世とその弟コンラットによってブライスガウに本拠が築かれた。その後ベルトルト4世、5世は、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(バルバロッサ)との外交政策でスイス、ブルグント地方にも領土を得、この地にフリブールFribourg、ムルテンMurten、ベルンなどの都市や多くの修道院を開設した。このようにツェーリンガー家は、神聖ローマ帝国の南西地域に君臨したが、ベルトルト5世が後継者なく1218年死亡し、家系は断絶した。遺領は辺境伯バーデン公とスイス盟約団体に継承された。

[佐藤るみ子]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む