…そして,イスラムの諸学問を修め,ペルシア文学を愛好し,みずから〈オスマン紳士(オスマンルOsmanlı)〉を自認する支配エリートは,アラビア語,ペルシア語に粉飾されたオスマン・トルコ語を話し,民衆の素朴な口語を〈粗野なトルコ語kaba türkçe〉とよんだ。彼らにとって〈トルコ人〉とは田舎者,無教養な者を意味した。ただし,デウシルメ,マドラサでの教育のほかにも,個人的能力,チャンスなどを通じてレアーヤーからアスケリーへと社会的に上昇する機会は多く,むしろ能力主義,機能主義にもとづく開放的な社会であった。…
…また,その最西端のマラティヤ盆地では綿花も栽培されている。 住民の大多数は,中央アジアに故地をもつトルコ人(トルコ族)であるが,これらトルコ人は中央アジアからの移住の過程で幾多の民族と混血しており,今日,中央アジア諸国在住のトルコ系諸民族とは,容貌・骨格などにおいて異なっている。ただし,ロシア帝国から亡命した〈タタール人〉もトルコ人に含まれている。…
※「トルコ人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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