パーレビー朝(読み)パーレビーちょう

関連語 パフレビー朝

改訂新版 世界大百科事典 「パーレビー朝」の意味・わかりやすい解説

パーレビー朝 (パーレビーちょう)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のパーレビー朝の言及

【パフラビー朝】より

…1925‐79年。パーレビー朝とも呼ばれる。第1次世界大戦直後,イラン北部では地方革命政権が生まれ,テヘランの中央政府の力は極度に弱まったが,イギリス帝国主義はロシア革命の波及を恐れて,1921年レザー・ハーンによるクーデタを演出し,その権力を強化した。…

【所得分布】より

…各所得階層に対するウェイトのつけ方は指標によって異なるので,この場合,不平等の順序は計測に用いられる不平等の指標によって異なりうる。第3の方法は,パレート法則ジブラ法則を想定し,それらの法則を規定する密度関数のなかの一つのパラメーターの値で分布の不平等を比較するものである。なおパレート法則やジブラ法則が成立するとき,ローレンツ曲線は互いに交差しない。…

※「パーレビー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む