ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラウリーア」の意味・わかりやすい解説
ラウリーア
Lauria(Loria; Luria), Ruggero di
[没]1304/1305. バレンシア
スペインのアラゴン家に仕えたイタリア人提督。シチリア王マンフレートの娘コンスタンス (のちのアラゴン王ペドロ3世〈大王〉の妃) の乳母の子で,少年期をアラゴン王宮で過した。ペドロ3世 (1282年よりピエトロ1世としてシチリア王を兼ねる) に艦隊司令官に任じられ,1283年マルタ島沖でシャルル1世 (ナポリ王) の艦隊を破った。 85年フランス王フィリップ3世が海路カタルニャに侵攻したとき,シチリア=カタルニャ連合艦隊を率いてこれを打破。ペドロ没後にシチリア王を継いだ次男のジャコモ (ハイメ) 1世にも仕えたが,1302年カルタベロッタの和約が結ばれたあとは引退してスペインのバレンシアの領地で暮した。
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