アミール・アルウマラー(英語表記)amīr al-umarā'

世界大百科事典内のアミール・アルウマラーの言及

【アミール】より

…同朝の君主はスルタンを自称することがあったが,法的には,あくまでアミールの地位にあった。10世紀の前半には,下イラクの総督イブン・ラーイクIbn Rā’iq(?‐942)が,カリフよりアミール・アルウマラー(大アミール)の称号を得,カリフの世俗的な権限を全面的に奪い,以後イラクを中心とする東方イスラム世界の支配権は,次のブワイフ朝時代をも含めて,大アミールの手に握られることになった。大アミールとは,下級のアミールを統轄する官職ではなく,あくまでも軍事政権をつくり実権を握ったアミールに対する称号であり,その下で軍隊の指揮を行うものはハージブと呼ばれ,他のアミールは存在しなかった。…

【イスラム】より

… アッバース朝は軍隊と官僚に基づく中央集権的な国家体制を樹立したが,カリフ権が強大な時代はそう長くは続かなかった。9世紀半ばを過ぎるころから,マムルーク(奴隷軍人)の台頭につれてカリフ権はしだいに弱体化し,936年には軍人総督を大アミール(アミール・アルウマラーamīr al‐umarā’)に任命して,軍事・財政の両権限を含む帝国の行政権を委譲した。このとき,全国のモスクではカリフと大アミールの名においてフトバを行うことが命ぜられたが,これはカリフがフトバの権限を独占していた時代の終焉を意味した。…

【ブワイフ朝】より

ダイラム人の族長ブワイフの3人の息子は,ジヤール朝のマルダーウィージュに仕えて勢力を伸ばし,イスファハーン,ジバール,ケルマーンおよびフージスターンで独立した。946年(945年説もある),末弟アフマドはバグダードに入り,アッバース朝カリフより,アミール・アルウマラー(大アミール)に任命され,ムイッズ・アッダウラ(王朝の強化者)の称号を,また2人の兄も,それぞれカリフから称号を与えられた。ブワイフ朝はシーア派の十二イマーム派に属していたが,スンナ派のカリフを保護することによってその支配の正当化を図ったので,宗教的権威としてのアッバース朝カリフと,世俗権力としてのブワイフ朝アミールの共存する二重構造が生じた。…

※「アミール・アルウマラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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