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ウィリアム[2世] ウィリアム

百科事典マイペディアの解説

ウィリアム[2世]【ウィリアム】

イングランド,ノルマン朝2代目の王(在位1087年−1100年)。〈征服王〉ウィリアム1世の第3子。兄のノルマンディー公ロベールとイングランド王位をめぐりしばしば争い,スコットランドに侵入してマルカム3世から臣従をかちとり,カンタベリー大司教アンセルムスと対立して追放するなど,粗野で厳格な統治によって〈赤顔王〉とあだ名されて,人民のうけはよくなかった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウィリアム[2世]【William II】

1056?‐1100
ノルマン朝第2代のイングランド王。在位1087‐1100年。ウィリアム1世の第3子。〈赭顔(しやがん)王Rufus〉とも呼ばれる。父をついで即位したが,王位を要求する兄のノルマンディー公ロベールとしばしば戦った。性格は粗野,放胆,直情的で,貴族の反感をうけ,またカンタベリー大司教アンセルムスと対立して追放するなど,国内は動揺した。1100年狩猟中に何者からとも知れぬ矢に当たって没。【青山 吉信

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世界大百科事典内のウィリアム[2世]の言及

【スコットランド】より

…1689‐90年の革命は,主としてイングランドの名誉革命の随伴現象として生じたものではあったが,スコットランド史に与えた影響は大きかった。スコットランド議会により国王はその王位を奪われ,代わって1689年ウィリアム2世(イングランド王としてはウィリアム3世)とメアリー2世の即位が承認され,〈権利章典〉に類似した〈権利要求章典〉が制定されて,議会はその独立的な地位を獲得したが,行政はイングランド政府によって大きく左右された。また1560年以来長老制と主教制の間を揺れ動いていたスコットランド教会も,議会の決定によって長老制の基礎の上に再建された。…

【ノルマン朝】より

…1066年から1154年の間,イングランドを支配した王朝。ノルマン・コンクエストによってイングランドを征服して王となったウィリアム1世(在位1066‐87)は,封建制度を導入して,国土を臣下に分与する代りに軍役を奉仕させ,イングランド古来のシャイア(州)・ハンドレッド(郡)制を利用して支配したほか,全国の土地所有者をソールズベリーの野に集めて忠誠を誓わせ,徴税のための土地台帳(《ドゥームズデー・ブック》)を作成させるなど,集権的封建国家の基礎をつくった。次のウィリアム2世(在位1087‐1100)は,長兄のノルマンディー公ロベールと紛争を引き起こし,カンタベリー大司教アンセルムスと対立するなど失政が多かったため,貴族の不満が高まり,狩猟中無名の者の矢に当たって横死した。…

※「ウィリアム[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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