コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シュルギ Shulgi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュルギ
Shulgi

バビロニアを支配したウル第3王朝 (前 2130頃~2021) 2代目の王。初代の王ウル=ナンムの子。父とともにウルに神殿の聖域を整え,ジッグラトを再興した。『シュメール法典』の発布者として知られる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内のシュルギの言及

【シュメール】より

… 創始者ウルナンムの現存世界最古の法典の編纂(〈ウルナンム法典〉)や,広大な地域にわたる検地と属州画定は,官僚群を支柱とする中央集権的国家の側面をもつこの王朝の開幕を飾るにふさわしい。第2代シュルギの治世後半はこの王朝の最盛時で,王は王族を今や地方総督を意味するにいたったエンシに任じ,度量衡を統一し,またアッカドの王たちにならって王の神格化をはじめ,自らの神殿を造らせるなどして,支配の強化を図った。現在ウルのほか,ラガシュ,ウンマ,ドレヘム,ニップールから巨大な統計的記録を含む多数の行政・経済・司法文書が出土し,シュルギの時代を中心としてウル第3王朝時代の2万3000の経済文書が公刊されているほどであるが,この時代の体系的な社会経済像はなお模索の段階にある。…

【バビロニア】より

…ウルナンムは,現存最古の〈ウルナンム法典〉の発布者としても有名である。 ウルからは多くの粘土板文書が出土しているが,その全部が第2代目の王シュルギ(前2094‐前2047)治世24年以降のものといわれる。これはシュルギ王の治世21年に行政組織の大改革が行われ,徐々に経済,行政の記録が残されるようになった結果であろう。…

【メソポタミア】より

… 前22世紀後半,ウルクのウトゥヘガルがグティ人を駆逐し,さらに彼の子(ないし兄弟)ウルナンムがウルで独立して,ここにシュメール人の統一王朝が成立した(ウル第3王朝)。2代王シュルギのとき王朝は最盛となる。治世後半には王は神格化された。…

※「シュルギ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

シュルギの関連キーワードアルベラ

今日のキーワード

だまし面接

企業が面談や懇談会と称して就職活動中の学生を呼び出し、実質的には学生を選考する偽装面接のこと。2016年卒業の大学生に対する選考活動の開始時期を、従来の4月1日から8月1日以降へと後ろ倒しする主旨の「...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android