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マグナート magnat

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マグナート
magnat

ポーランドやハンガリーで大土地所有階級として勢威をふるった上級貴族および上級位階勲等保持者の呼称。大領主と訳される。中世以降,ともに上院議会で王権と並ぶ権力を行使し,国政を支配した。ポーランドポトツキ家チャルトルイスキ家などが有名。ハンガリーでの貴族的特権が完全に撤廃されたのは第2次世界大戦後である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典内のマグナートの言及

【ザモイスキ】より

…16世紀後半から17世紀前半にかけてリトアニア,ウクライナなどポーランドの東部辺境に獲得した広大な領地を基盤に台頭してきた新興マグナートの一人。父親から相続した四つの農村を200以上に増やし,さらに11の都市を新たに領有した。…

【シュラフタ】より

…〈シュラフタ民主制demokracja szlachecka〉の始まりである。 法的にシュラフタは全員が平等ということになっていたが,一方で〈ラティフンディウム〉と呼ばれた広大な領地(白ロシア,ウクライナに多い)をもつマグナート(大貴族)と呼ばれるシュラフタもいれば,他方で自ら農作業に従事し農民となんら変わるところのなかったシュラフタや,まったく農地をもたないシュラフタ(小シュラフタ。シュラフタが総人口の8~10%も占めるほど多かった原因は,この小シュラフタの多さにある)など,経済的にその内実はさまざまであった。…

【セイム】より

…代議院と並んでセイムを構成することになる上院は,この国王会議が再編成されたものである。上院はこうした中流シュラフタ出身の新興のマグナートmagnatの利害をもっぱら代表する機関となった。こうして15世紀末,ポーランドに二院制のセイムが登場してくることになった。…

【ポーランド】より

…ポーランド王国は東に向かって発展を開始したのである。統一の実現とともに,シュラフタ身分(とくに有力な者をマグナートと呼ぶ)の形成や身分制議会(セイム)の登場がみられた。官吏養成用に,ボローニャ大学に範を求めたクラクフ・アカデミー(のちヤギエウォ大学とよばれる)がつくられたのもこのころである。…

※「マグナート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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