三峰城跡(読み)みつみねじようあと

日本歴史地名大系 「三峰城跡」の解説

三峰城跡
みつみねじようあと

[現在地名]鯖江市上戸口町

三嶺みつみねの南東方、しろ(四〇四・五メートル)の山頂にある。本丸の地には昭和一四年(一九三九)に建てられた「脇屋義助卿守戦之地」の碑があり、北方尾根沿いに二段の小郭に分けられた二の丸、さらに四段の小郭に分けられた三の丸が続き、その先端に虎口と土塁が残る。

「越前国城蹟考」に「城跡 脇屋右衛門義助 平泉寺衆徒砦 三嶺村ヨリ五町計巽方山上城台櫓台六ケ所有」とある。「太平記」巻一九(新田義貞落越前府城事)に、延元二年(一三三七)「此時マデハ平泉寺ノ衆徒等、皆二心ナキ将軍方ニテアリケルガ、是モイカヾ思ケン、過半引分テ宮方ニ与力申シ、三峯ト云所ヘ打出、城ヲカマヘテ」とみえ、また「三峰ノ衆徒ノ中ヨリ杣山ヘ使者ヲ立テ、大将ヲ一人給テ合戦ヲ致スベキ由ヲ申ケル間、脇屋右衛門佐義助朝臣五百余騎ヲ相副テ三峯ノ陣ヘ指遣サル」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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