三嶺村(読み)みつみねむら

日本歴史地名大系 「三嶺村」の解説

三嶺村
みつみねむら

[現在地名]鯖江市上戸口かみとのくち

戸口上とのくちかみ村の東北、標高二〇〇メートル前後の地にある。一乗谷鹿俣かなまた(現福井市)に通ずる交通の要衝であった。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図の今北東郡中に村名がみえ、高三・八五石。正保郷帳でも石高は変わらず、すべて畠方。福井藩領。「越前国名蹟考」に「三嶺は東北の山中に在て、片山郷に属せず、西大味村より三嶺一里登り、子安観音堂地内銀杏大木あり、天神宮アリ、加州敷地天神ノ分神ト云伝、此村箕を作りて産業とす」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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