上之山田村(読み)かみのやまだむら

日本歴史地名大系 「上之山田村」の解説

上之山田村
かみのやまだむら

[現在地名]藤原町上之山田

員弁川の支流相場あいば川の西岸上相場かみあいば村の西に位置する。江戸時代を通じて桑名藩領。慶安郷帳(明大刑博蔵)の高二二五・八〇七石(田方・畑方が約半分ずつ)が、元禄郷帳では一八七・九九九石となる。その差三七・八〇八石は、この間に独立した北隣の深尾ふかお村に割かれたと推定される。天明四年(一七八四)手控帳によれば、田三町五反強、畑六町六反弱と畑が多い。また文政七年(一八二四)の村明細帳(徳川林政史蔵)によれば、家数四三、人数二〇一(うち本百姓一四四・名子水呑五七)、牛一九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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