下仙波村(読み)しもせんばむら

日本歴史地名大系 「下仙波村」の解説

下仙波村
しもせんばむら

[現在地名]葛生町仙波せんば

秋山あきやま川の支流仙波川流域にあり、西は山を挟みまぎ村、南は正雲寺しよううんじ村、北は上仙波村。出流いずる(現栃木市)に通じる羽鶴はねづる峠の東に面積約六〇町歩の飛地(山林)がある。もとは仙波村と称したが、寛文八年(一六六八)頃上下に分村した。尭雅僧正関東下向記録(醍醐寺文書)の永禄三年(一五六〇)四月二〇日条に「佐野仙波金蔵院」とみえ、天正六年(一五七八)三月二一日条にも同様な記載があり、尭雅が当地の金蔵こんぞう院に二度印可を与えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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