下和納村(読み)しもわのうむら

日本歴史地名大系 「下和納村」の解説

下和納村
しもわのうむら

[現在地名]巻町下和納

西(にし)川右岸にあり、桜林(さくらばやし)村・潟頭(かたがしら)村の西にある。南は上和納村(現岩室村)。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録に村名がみえ、高三二〇石九斗余とあり、以後明治まで同藩巻組に属した。正保国絵図は三三〇石余。寛政元年(一七八九)の御巡見様御案内手控帳(笛木家文書)には高五五一石七斗余、割元格兵次右エ門、家数五四・人数三四一とあり、諏訪社一があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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