日本歴史地名大系 「中万呂村」の解説 中万呂村なかまろむら 和歌山県:田辺市中万呂村[現在地名]田辺市中万呂下万呂村の東に位置し、村の南部を三栖(みす)川(現左会津川)が流れ、さらに南の山麓を熊野街道中辺路が通る。街道沿いに「天王の森」と称される小山があり、万呂三ヵ村の産土神牛頭天王(ごずてんのう)社(現須佐神社)が鎮座する。この小山は古くは入船(いりふね)山ともよばれたという。慶長検地高目録によると村高三九一石余、小物成二斗。江戸時代初期の田畑面積は二八町余、うち田が六割。以降灌漑工事および新田開発が行われ、宝暦一〇年(一七六〇)までに池七ヵ所(総面積二四町余)が造られ、新田畑三町余の増加をみた(宝暦一〇年「三栖組差出帳」田所文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by