中畦堤(読み)なかうねづつみ

日本歴史地名大系 「中畦堤」の解説

中畦堤
なかうねづつみ

浅羽大囲(あさばおおがこい)堤で囲まれた三三ヵ村を、さらに南北に大きく二つの地域に分断する堤。中畦横須賀(なかうねよこすか)堤・水除境中畦(みずよけさかいなかうね)堤とも称される。長溝(ながみぞ)村地内から南に延び、初越(はつこし)村・松原(まつばら)村の北縁に沿って東へ延び、梅田(うめだ)村の西側で北上、さらに新堀(にいぼり)村付近から再び東行する(貞享三年「中畦堤相論裁許絵図」原家蔵)。三三ヵ村は中畦堤より北の上輪(かみわ)一九ヵ村と南の下輪(しもわ)一四ヵ村に分れていた。浅羽地域は元来低平な村々であり、上輪・下輪の村々の間では中畦堤の高さをめぐって幾度となく悪水相論が繰返された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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