中谷塚村(読み)なかやつかむら

日本歴史地名大系 「中谷塚村」の解説

中谷塚村
なかやつかむら

[現在地名]草加市谷塚仲町やつかなかちよう

下谷塚村の西にあり、南は東流する毛長けなが川を隔てて伊興いこう(現東京都足立区)南方は毛長川の自然堤防上の微高地。足立郡谷古田やこだ領に属した(風土記稿)。田園簿には下谷塚村と一村に記される。江戸期を通じ幕府領。寛文八年(一六六八)検地が施行された(風土記稿)。元禄八年(一六九五)にも検地があり、同一〇年の検地帳作成時には下谷塚村と分村していた。高一一二石余・反別一九町一反余、内訳は田五四石余・八町一反余、畑五七石余・一〇町九反余(「篠葉村万手控書」関根家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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