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中野村正覚坊 なかのむら しょうかくぼう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中野村正覚坊 なかのむら-しょうかくぼう

?-? 江戸時代後期の一揆(いっき)指導者。
陸奥(むつ)中野村(岩手県)五宝院の山伏。寛政9年(1797)仙台藩領江刺(えさし)郡に端を発し,胆沢(いさわ)郡下伊沢に波及した百姓一揆を指導し,打ち首となった。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中野村正覚坊

生年:生没年不詳
江戸中期の陸奥国中野村(宮城県)五宝院の山伏。寛政9(1797)年仙台藩領内に発生した百姓一揆の指導者のひとり。この一揆は藩による安価な米穀買い入れ反対を中心に郡方・村役人の不正追及,年貢先納反対などを求めて強訴,打ちこわしを展開した,仙台藩史上最大の一揆であり(4万人ともいわれる),領内各地で蜂起したが,正覚坊は江刺郡下伊沢方面の一揆を指導した。一揆後打ち首となったが処刑日は不明。「姿長大にして勇威才量常ならず」といわれ,天文,易学,数学などにもたけていたという。文政年間(1818~30)には一揆関係村落により,正覚菩提塔という供養碑が建立され,義民として顕彰されている。

(保坂智)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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