丹原庄(読み)たんばらのしよう

日本歴史地名大系 「丹原庄」の解説

丹原庄
たんばらのしよう

長寛二年(一一六四)の興福寺公文所下文案(陽明文庫蔵「兵範記」仁安二年秋巻裏文書)に「可早御使相共、且停止在治濫妨、且追却庄家、如(旧カ)随道興寺役(丹)原庄(事)」として「右件寺者、為御寺末寺年序多積、其寺領是官省符之地(下略)」とある。これによると、丹原庄はもと現高市郡明日香村にあった道興どうこう(檜隈寺)の官省符荘であったが、同寺が興福寺の末寺となった関係で、右の時期、当庄は興福寺領で、道興寺は預所といえよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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