日本歴史地名大系 「宇野庄」の解説
宇野庄
うののしよう
一〇世紀後半の宇智郡内の
その後、康和三年(一一〇一)の勧学院政所下文(栄山寺文書)には「故頼俊朝臣女子訴申田地事」のなかで、栄山寺が「年来領知之間、故陸奥前司頼俊朝臣以従者成宿院司、横令負取多寺領」とみえるが、これによると、頼俊は部下を
宇野庄
うののしよう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
一〇世紀後半の宇智郡内の
その後、康和三年(一一〇一)の勧学院政所下文(栄山寺文書)には「故頼俊朝臣女子訴申田地事」のなかで、栄山寺が「年来領知之間、故陸奥前司頼俊朝臣以従者成宿院司、横令負取多寺領」とみえるが、これによると、頼俊は部下を
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...