久喜新町(読み)くきしんまち

日本歴史地名大系 「久喜新町」の解説

久喜新町
くきしんまち

[現在地名]久喜市東(ひがし)一―三丁目・同五―六丁目・中央(ちゆうおう)一―四丁目・南(みなみ)一―五丁目・本町(ほんちよう)五丁目・同七―八丁目・久喜新

久喜本町の南東に連なり、本町に接する地域は仲(なか)町とよばれることもある。北から東は中落堀(なかおとしぼり)川、南は仏供殿(ぶくでん)落を限る。郷帳類では久喜郷(村・町)で一括されるが、貞享元年(一六八四)の久喜鷹場村数覚(伊達家文書)に村名がみえ、一村として扱われていたと考えられる。明和七年(一七七〇)の高は五七一石余(「騎西領用悪水圦樋等仕来覚書」押田家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む