五町田荒宿村(読み)ごちようだあらじゆくむら

日本歴史地名大系 「五町田荒宿村」の解説

五町田荒宿村
ごちようだあらじゆくむら

[現在地名]玉造町荒宿あらじゆく

霞ヶ浦沿岸にあり、北は井上いのうえ村、東は藤井ふじい村。荒宿村とも記す。藤井村からの分村と伝えられ、江戸時代は麻生藩の支族旗本新庄氏領となる。寛文一一年(一六七一)の田畑地詰帳(荒宿区有文書)に「常陸国行方郡藤井舟津村」とあり、田高二五一石余・畑高五四石余と記される。天明八年(一七八八)の邑々永方取立帳(根本家文書)には糠藁代・門松代・水夫給・普請夫銭・芦場年貢など合せて金三両と銭七八〇文とあり、寛政三年(一七九一)の米永皆済改帳(同文書)には、米九二石余、金二両二分余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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