伊麦村(読み)いむぎむら

日本歴史地名大系 「伊麦村」の解説

伊麦村
いむぎむら

[現在地名]七宝町伊福いふく

東は新家にいえ(現名古屋市)、北はかつら村に接する。富田庄絵図(円覚寺蔵)に「伊麦里」とみえる。「徇行記」によれば、概高一千六〇二石余のうち七三四石余が藩士一四人の給知で、田は八三町四反二畝余、畑は一七町一反二畝余。「寛文覚書」に戸数二七、人数一五二とある。「徇行記」は「森村ヨリ農戸ツヽキ榎ヲ以テ界トス、竹木少ク小百姓多シ、然シナカラ高ニ準シテハ佃力不足、他村ヨリ入作アリ、又他村ヘ越高モアリテ加地子米ヲ出スコト多シ、農業ノミヲ以テ生産トス、其内工商ヲ兼ル者二、三人モアル由」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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