伯母谷村(読み)おばたにむら

日本歴史地名大系 「伯母谷村」の解説

伯母谷村
おばたにむら

[現在地名]川上村大字伯母谷

吉野川の支流伯母谷川流域に立地。「祖母谷村」(慶長郷帳・元和郷帳)とも書かれた。川上郷のうち。慶長郷帳では村高三五・三五石、幕府領(代官大久保長安)。のち延宝検地で村高は二七・八三三石と減った。村の南に伯母峰(おばみね)峠(九九一メートル)がある。東熊野街道最大の難所で、天誅組の伴林光平は「姨峠より河上郷へ出づる山中にて 山かげの小萱高萱わけわけて行けど行くべきかけ路だになし」(南山踏雲録)と詠んでいる。

伯母谷の街道より約二〇〇メートル余り上方の小字中(なか)ノ尾(お)に楠将監の墓がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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