但馬国二方郡高帳宮城丹波守分(読み)たじまのくにふたかたぐんたかちようみやぎたんばのかみぶん

日本歴史地名大系 の解説

但馬国二方郡高帳宮城丹波守分(宮城豊盛領二方郡高帳)
たじまのくにふたかたぐんたかちようみやぎたんばのかみぶん

一冊

成立 元和三年

写本 池田家ほか

解説 慶長一〇年頃から二方郡に所領を有した旗本宮城頼久(因幡若桜藩主山崎家盛弟)は同一四年に没した。頼久の嗣子豊嗣は幼少であったため、遺領は頼久の養父宮城豊盛が支配、豊盛の二方郡内の所領村々の村高・小物成(山手米・桑代綿など)・庄屋名などを記す。海浜部の諸村では干鱈役・塩浜役などの小物成が課せられていたことが判明する。寛永四年二方郡は一円宮城豊嗣領となり、厳しい打出検地が行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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