保田原村(読み)ほだわらむら

日本歴史地名大系 「保田原村」の解説

保田原村
ほだわらむら

[現在地名]寄居町保田原

関山(せきやま)村・甘粕(あまかす)村の東に位置し、南は露梨子(つゆなし)村、北を荒川が限る。慶長一九年(一六一四)八月、成瀬右衛門(正勝)は徳川氏から「西入村ほど原村之内共ニ」で四七八石余を宛行われており(記録御用所本古文書)、西入(にしのいり)村とともにほど原村の一部が旗本成瀬領となっているが、これは当村とみられる。田園簿では高一三五石余はすべて畑で、旗本成瀬・加藤の二家と幕府領の相給。うち成瀬領五〇石は変化なく幕末に至る(旧高旧領取調帳など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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