保田原村(読み)ほだわらむら

日本歴史地名大系 「保田原村」の解説

保田原村
ほだわらむら

[現在地名]寄居町保田原

関山せきやま村・甘粕あまかす村の東に位置し、南は露梨子つゆなし村、北を荒川が限る。慶長一九年(一六一四)八月、成瀬右衛門(正勝)は徳川氏から「西入村ほど原村之内共ニ」で四七八石余を宛行われており(記録御用所本古文書)西入にしのいり村とともにほど原村の一部が旗本成瀬領となっているが、これは当村とみられる。田園簿では高一三五石余はすべて畑で、旗本成瀬・加藤の二家と幕府領の相給。うち成瀬領五〇石は変化なく幕末に至る(旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む