光友(読み)みつとも

日本歴史地名大系 「光友」の解説

光友
みつとも

現原島(はらじま)のうちに比定される。中世は上妻(こうづま)庄のうち。文治二年(一一八六)六月二七日の大宰府守護所下文案(上妻文書/鎌倉遺文一、以下同文書)によれば、同年五月六日「光友」を含む一二ヵ所の地頭職が源頼朝より藤原(上妻)家宗に安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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