兎橋郷(読み)うはしごう

日本歴史地名大系 「兎橋郷」の解説

兎橋郷
うはしごう

和名抄」所載の郷。高山寺本に「兎橋」、東急本には「橋」、刊本には「得橋」と表記される。訓は諸本とも「宇波之」。郷域は、能美平地中央部のやや南側、現小松市市街地辺りを想定する説(日本地理志料)、能美平地の北部でかけはし川支流の八丁はつちよう川流域、現小松市北部から現寺井てらい町にかけての地域を想定する説(加賀志徴・加能郷土辞彙)がある。延慶二年(一三〇九)六月二〇日の得橋郷名寄帳案(南禅寺文書)によると、郷内において条里制が施行されていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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