全民労協(読み)ぜんみんろうきょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「全民労協」の意味・わかりやすい解説

全民労協
ぜんみんろうきょう

全日本民間労働組合協議会略称。労働戦線の統一を目ざして1982年(昭和57)に結成された組織。1989年日本労働組合総連合会(通称連合)の結成によりこれに参加した。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の全民労協の言及

【IMF‐JC】より

…75年12月現名称に変更(IMF‐JCという名称はそのまま)。結成以来,日本の経済・産業の発展に対応した,国際的視野をもった労働運動を進めており,またナショナル・センターの枠を超えた金属産業の大産別組織として,全民労協の結成(1982年12月)に至る労働戦線統一の流れのなかで重要な役割を果たしてきた。国内活動としては,1968年初めての賃金白書を発表,72年にはヨーロッパ並みの生活水準を目標としたMWS(modern welfare society=高福祉社会の実現)活動の推進を提言。…

【中立労連】より

… その後,全労働者的課題である政策・制度面においては,総評,同盟,新産別との労働四団体共闘を組織,春闘においては総評との間に国民春闘共闘会議を設置し,官民の接点という重要な役割を担った。また,労働戦線統一の面で,民間労組の統一をめざした全民労協(全日本民間労働組合協議会)の結成(1982年12月)に新産別との共闘組織である総連合(全国労働組合総連合,1979年3月結成)の一員として橋渡し的な役割を果たしたことは特筆すべき点である。政治的な運動では総評,同盟と異なり,特定の支持政党はもたず,共通要求課題の実現という観点で同一の目的をもつ政党と協力関係を結ぶなど緩やかな路線をとっていた。…

【電機連合】より

…正称は全日本電機・電子・情報産業労働組合連合会。連合の加盟組合。1946年結成の全電工(全日本電気工業労働組合。産別会議に加盟)が前身。産別民主化運動のなかで49年解体,その後分裂していたが,労働運動の民主化と電機労働者の統一組織をめざし,53年6月に電機労連(全日本電機機器労働組合連合会)として結成。運動の基本は信義と友愛の精神のもと,労働基本権を遵守し,労働者の経済的・社会的地位の向上を期するとともに,産業の民主化,社会化,経済の平和的発展と世界平和の実現を期する。…

【労働運動】より

…(2)石油危機を契機とする低成長のもとで賃上げが難しくなってくるにつれて,物価,税制,労働時間短縮,社会保障など制度政策要求の推進によって生活の向上を図ることが必要であり,そのためには,労働戦線の統一によって労働組合の力量を強めていかなければならないという気運が強まってきた。政策・制度要求の実現を図るために,民間16単産によって76年に結成された政策推進労組会議の活動の後を受けて,統一推進会の呼びかけに基づき,82年12月民間労組の〈ゆるやかな協議体〉として全民労協の結成をみた。全民労協は,85年には〈連合体〉への移行を目ざして連合(全日本民間労働組合連合会)に組織替えするとともに,官公労組を含む労働界全体の統一へ向かうことを決めた。…

【労働組合】より

…(3)このような動きを背景に,80年9月,電機労連竪山利文,ゼンセン同盟宇佐美忠信,自動車総連塩路一郎,電力労連橋本孝一郎,鉄鋼労連中村卓彦,全日通中川豊の6人を委員とする労働戦線統一推進会が発足し,翌81年6月〈労働戦線統一の基本構想〉を発表し,12月に準備会を発足させることを提唱した。これに対しては労働四団体,とくに総評内でいろいろな議論があったが,翌82年12月全民労協(全日本民間労働組合協議会)が発足した。 以上のような労働組合運動の動向に対して,1974年,主として総評内の共産党系の労働組合は統一労組懇(統一戦線促進労働組合懇談会)を発足させ,全民労協結成の動きを右翼的再編成であるとして批判的な運動を展開した。…

※「全民労協」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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