八峡川番所跡(読み)やかいがわばんしよあと

日本歴史地名大系 「八峡川番所跡」の解説

八峡川番所跡
やかいがわばんしよあと

[現在地名]北方町午

江戸時代、延岡藩領内に設置された二一ヵ所の口屋番所のうちの一つで、高千穂往還沿いにあった。延享四年(一七四七)の延岡津口并口屋番所付等宛行給米覚(内藤家文書)によれば、口屋番二人と定番の添番一人が置かれていた。蔵番を兼ねた添番には日別一升の米が支給されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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