六良丸村(読み)ろくろうまるむら

日本歴史地名大系 「六良丸村」の解説

六良丸村
ろくろうまるむら

慶長一三年(一六〇八)より元禄年間(一六八八―一七〇四)頃まで存在したが、その後消滅し、現在地名にも残らない。元禄国絵図によれば、鹿子木かのこぎ村の南に描かれているので、現在の四方寄の御馬下よもきのみまげから西梶尾にしかじおにかけての地にあったと思われる。慶長一三年の検地帳に「鹿子木之内六良丸村」とあり、田方六町八反余・畠方一五町九反六畝余、分米一九五石一斗余で、家数二〇、男八・女六、馬一・牛三とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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