兼松習吉(読み)カネマツ シュウキチ

20世紀日本人名事典 「兼松習吉」の解説

兼松 習吉
カネマツ シュウキチ

明治・大正期の陸軍少将



生年
明治7年3月17日(1874年)

没年
昭和11(1936)年11月24日

出身地
滋賀県

学歴〔年〕
陸軍砲工学校卒

経歴
陸軍砲工学校卒業後、ドイツ留学。明治36年母校の教官となる。のち近衛砲兵連隊大隊長、野砲兵第二旅団長を務めた。大正10年少将。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「兼松習吉」の解説

兼松習吉 かねまつ-しゅうきち

1874-1936 明治-大正時代軍人
明治7年3月17日生まれ。陸軍砲工学校卒業後,ドイツに留学。明治36年母校教官となる。のち近衛砲兵連隊大隊長,野砲兵第二旅団長をつとめた。大正10年少将。昭和11年11月24日死去。63歳。滋賀県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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